|
本年1月に経済産業省より「知的財産情報開示指針」(以下「指針」とする。)が公表されたが、2004年3月期の決算発表と前後して複数の企業が指針に則った知的財産報告書を開示した。開示を行った企業は殆どが上場企業であるが、未上場の新興企業としては唯一、カブドットコム証券が指針に則った知的財産報告書を公表している。
同社の公表した報告書は、指針の公表を機にホームページでの開示内容をまとめ直したものであるが、以前より行っていた情報開示を指針に則った形式で行うことにより、開示の質がより高まるとともに、報告書の形式をとることで開示の機会をより多く提供できる可能性があると考えたことが、いち早く報告書を作成することとなった理由である。未上場会社が知的財産報告書を作成する場合には、資金調達を目的に銀行やベンチャーキャピタルなど特定のターゲットを定めることが多くなるものと思われるが、同社については金融機関としての固有の事情もあって、株主や取引銀行の他、顧客等の幅広い関係者をターゲットに企業情報を開示しようとしていることが特徴となっている。また、将来の上場を睨んで、一般投資家に対して同社の情報を様々な切り口から提供し、同社に対する理解を深めてもらう機会として活かしたいということも、大きな目的の一つとなっている。
〜中略〜
知的財産報告書は、企業にとって新たな情報開示の手段として提案されているものであるが、作成する企業にとって当然のことながら何らかの効果が期待できるものでなければならない。カブドットコム証券の場合は、上記のように金融機関として積極的な情報開示によって信用力や認知度を高める効果や、上場に備えて一般投資家に対して同社への理解を深める機会を提供するという効果を期待して報告書を作成したものであるが、多くのベンチャー企業が報告書作成による効果で最も期待することは、資金調達に貢献することであろう。つまり、作成する報告書は、ベンチャーキャピタル等の外部投資家の評価に影響を与えるようなものであることが期待されることになる。
ベンチャー企業にとっては、技術やビジネスアイデアなどの知的財産が最大の資産であることが多いため、資金調達の際には知的財産に関する情報開示が重視されるべきことに異論はないものと思われる。では、知的財産に関する情報は、現状においてどのように開示されているのであろうか。
未上場のベンチャー企業がベンチャーキャピタル等の金融機関から資金調達を行う場合、過去の決算資料等と併せて事業計画書を提出する。ベンチャーキャピタル等が指定する事業計画書の様式には、技術や事業の優位性、競合他社との相違点等についての記載が求められることが通例であり、「知的財産」という定義がなされていなくても、知的財産に関連する情報が開示されることが一般的である。また、特許や商標など「知的財産権」の出願状況についても、出願リストなどの記載欄が設けられていることが少なくない。不特定多数の投資家を対象にする上場企業と異なり、未上場企業の資金調達時には金融機関など特定の相手方への情報開示となるため、守秘義務を課すことが可能である。こうした事情もあって、ベンチャー企業等の資金調達時においては、上場企業以上に知的財産に関する情報が開示されるケースが少なくないといってよいだろう。
このような事情の一方で、金融機関等における投融資審査の実態を考えると、多くの金融機関において技術や知的財産権に関する審査体制が整っていないこともあって、知的財産について開示された情報は企業評価に十分に活用されていないのが実情ではないかと思われる。かかる状況下において金融機関から適正な評価を受けるためには、ベンチャー企業側からも単に与えられたフォームに必要事項を埋めるだけではなく、情報開示の方法に自ら工夫を加えることも必要であろう。指定された様式に則って知的財産に関する情報を断片的に記述するだけでなく、経営戦略と個々の出願との整合性や知的財産権の取得が収益に与え得る影響など、金融機関が咀嚼し易い内容での開示を心がけることが望ましい。開示の形式については、特定の相手方に対する開示であることを考慮すると、特に指針の形態に拘る必要はなく、むしろ開示の内容がどれだけわかり易く説得的なものであるかが重要と思われる。ベンチャー企業にとって、競争優位の前提となる知的財産が将来的に競争力を失う可能性が高ければ、投資家から高い評価を受けることは困難であり、逆に競争優位を維持・強化するためにどのような形で知的財産権を確保しているかを説明することができれば、ベンチャー企業に対して投資家が感じるリスクを少しでも緩和することが可能なのではないだろうか。
このように、投資家が納得できるようなシナリオを提示するためには、全社的な経営戦略と知的財産権の取得等による知的財産の保護方針・権利取得活動などの整合が欠かせない。つまり、効果的な情報開示を行うためには、まずは経営戦略に則った知的財産関連業務を実践していくことが前提になるものと考えられる。
開示の目的は異なるものの、カブドットコム証券の報告書作成においても、全社的な経営方針に対して知的財産関連業務をどのように実践しているか、その関連性と狙いをわかり易く説明することが重視された。指針で示されているベンチャー企業の報告書例とあわせて、ベンチャー企業が知的財産に関する情報を開示する際の参考になるのではないだろうか。
|